味噌の歴史

味噌の歴史

「味噌」の起源は古代中国~朝鮮半島を経て伝えられた「醤(ひしお)」であるといわれていますが、縄文時代にどんぐりを使った「味噌」のようなものがあったことも分かってきました。

「醤」は動物性(肉・魚等)植物性(穀物・雑穀等)を原料に使ったものがあります。東南アジアには「ナンプラー」、中国には「豆板醤(トウバンジャン)・甜麺醤(テンメンジャン)」、韓国には「苦椒醤(コチュジャン)」があるように、日本では穀物や雑穀を使った独自の発酵食品「味噌」が作られるようになりました。それぞれが現在の私たちの食生活のベースや特徴になっています。

今日では副食材が豊富になり、「味噌」は調味料とみなされていますが、日本人の食文化の歴史の中で栄養源(タンパク源、ビタミン源、ミネラル源)、保存食として重要かつ貴重な役割を果たし、当時は寺院や貴族だけが口にすることのできる高級食材でした。また、戦国時代には兵士の兵糧として重宝され、各地の戦国武将にとって味噌作りは大事な経済政策のひとつとなりました。初代将軍徳川家康は粗食を心がけ、旬の野菜(葉物・根野菜など)のたくさん入った味噌汁と麦飯を食べて、健康には人一倍気遣っていたそうです。平均寿命が38歳前後だったといわれる江戸時代に、家康は75歳という生涯を送りました。今日のように広く庶民の間で調味料として使われるようになったのは、江戸時代からと当時の文献に残っています。

味噌の長い歴史の中で各地方の風土、気候、収穫される穀物、時代性に反映され、それぞれの地方に根ざした多種多様の味噌が作られるようになり、日本の伝統食として今日に至っています。

近年、麦みそは日本の伝統食としてばかりでなく、ヘルシーで栄養のバランスの優れた食事として日本食が注目され、スローフード、マクロビオティックなどにより、改めて見直されています。平成7年4月にはアトランタオリンピックの選手村のメニューとして初めて味噌汁が選ばれました。また、欧米の病院や栄養素クリニックでは生活習慣病や肥満の治療食として日本食を採り入れられており、日本を始め欧米でも味噌の機能性に非常に興味が持たれています。